ネット検索で登場する「筋トレをやっている70代」を見て、違和感を覚えることがあります。
「趣味は筋トレです」と言い切り、筋張った筋肉を誇示することが生きがいになっている同年輩。
70歳で筋トレをやっているというだけで、希少種として取り上げられる人々。
正直に言えば、私には少し違和感があります。
はっきり言わせてもらって、私にはカッコ良くは見えないのです。
ジムで若者に混じって裸になり「マッチョお爺さん」と呼ばれる。
見せ物っぽくて、どこか悲しい気持ちになります。
目次
筋肉は「黒子(くろこ)」であれ
基本的に筋肉は人に見せるものではなく、「衣服の下ではじめて存在感を発揮するもの」です。
ジャケットやシャツのシルエットを、内側からしっかりと形作るための土台。
表に出て主役を張るものではなく、あくまで服を引き立てる「黒子」のような存在であるべきです。
目立たないが、確実に存在している。それが理想の筋肉です。
筋肉とは、ポテンシャルの証、戦意を支える存在、いざという時のための切り札です。
それ自体を誇示するものではないのです。
だから私は、年齢を重ねた男があからさまに筋肉を誇示している姿を見ると、少し距離を置きたくなってしまいます。
酔っ払っても、背筋は伸ばせ
筋力とは、もっと日常のあらゆる場面で「目立たない存在感」を発揮するものです。
- ただ立っている姿
- 歩き方
- 椅子に座った時の背筋
これらはすべて、その男の生き方を物語ります。
私は、どんなに酔っ払っても背筋は伸ばしたままでいると決めています。
たとえ飲みすぎてトイレで吐くことになったとしても、個室から出てきた時は、何事もなかったかのように背筋を伸ばしてシャキッとしていたい。
その「痩せ我慢」を支えるのが、日々の筋トレで培った背筋であり、体幹なのです。
「それとなく筋トレ」が私のスタイル
70代の筋トレは、とくに一人の空間で自分と向き合う時間が多くなります。
周りの誰も理解しなくても、自分に負荷をかけ続ける。
それは、明日も「自分らしい自分」でいるため。
そして、あわよくば「今日以上の自分」になれるかもしれないという、密かな希望のためです。
年齢は失うだけのものではありません。私たちにはまだ、前進する余地が残されています。
筋トレは、筋肉を見せるためのものではなく、生き方そのものです。
まだ終わらせないという意思と、次のシーンに備えるために。
どうせだったら、他人に力瘤を見せるより、清潔でお洒落な着こなしに気を遣いたい。
「それとなく筋トレ」それが、71歳の私のスタイルです。
鍛えるのは筋肉ではなく、矜持だと思っています。
▼ 71歳の「美学」を形にするトレーニング実践編
私が「黒子」として育てている筋肉。その具体的な作り方はこちらです。

